2012年5月31日木曜日
大飯原発再稼働?
大阪市の橋下や、関西圏の知事連中は、これまで安全性が確認できないなどとして原発再稼働に反対していたはずであるが、今になって、再稼働容認に変節した。どういうことか。表向きの理由は夏に電力需給が逼迫して停電などになったら困るということであろう。しかし、実態は経済界からの強い要求に屈したということにすぎない。今回の件について思うことは、日本の政治家は、信念を貫き通すとか、筋を通すということができないのかということである。こんなに簡単に前言を翻すような連中は全く信頼に値しない。また、これを簡単に容認する日本社会にも強い危惧を覚える。そもそも日本人で強い信念を持ちそれを貫いている者は極めて少ない。原発問題で有名になった小出助教などは珍しい例である。今回のことを見るにつけ、日本の前途が思いやられる。
2012年5月21日月曜日
福岡市の職員飲酒禁止令
最近、福岡市長が、職員の飲酒の際の不祥事をうけ、職員に対し、1か月間の自宅外での飲酒を禁ずるという要求を行った。これは法的な拘束力があるものではないが、要求すること自体どうなのか。そもそも、職場以外の場で、職務にかかわりのない命令や要求をされるいわれはないのであり、市長の要求は失当というべきだろう。これについて連想するのは、学校の校則である。たとえば買い食いするなとか、映画を見るときには制服をきていけとか学校によって様々なものがある。特徴的なのは、学校外の私生活まで校則で縛ろうとすることだ。このように、本来的に権限外であるべきところまでつべこべ口を出そうとするのは日本の悪しき慣習である。福岡市の職員も小学生程度の扱いを受けているともいえるだろうね。
2012年5月19日土曜日
大阪の橋下と日本人
大阪市長の橋下だが、なぜか世論の支持は高い。実際やっていることは、公務員・教員イジメくらいなことである。たまに、原発反対などのようにまともなこともいうことがあるが、現実に実行していることは、上記のものである。なにしろ、教員が本当に君が代を歌っているかどうか口の動きをチェックさせるような陰険な人物である。橋下の本質は、とにかく自分のいうことに服従・屈服させることを第一義とすることにある。どうしてそうしなければならないのかという目的の正当性は重要とされていない。問題は市民やマスコミが橋下の政策の目的自体を厳しく審査していないことである。これでは、戦前になぜ戦争しなければならないのかという本質的部分を考えることなく、政府に盲従したのと変わりがない。また、目的達成のための手段の不当性も厳しく批判するべきである。なぜ、君が代を歌わないこと程度が懲戒免職というとんでもない帰結を生むのか。橋下のような煽動政治家に支持があつまるのをみると、日本の未来は極めて危ういと言わざるを得ない。最近は公務員の入れ墨問題が話題となっている。確かに日本では入れ墨はやくざを連想させるのであまり良い趣味ではない。ただ、問題は、入れ墨自体は違法ではないということだ。もっとも当該公務員が大阪市に就職した時点で就業規則等で禁止されていれば、規則違反でなんらかの処分は可能だろうが、そうでないとなると、処分は困難だといわざるをえない。単なる感情論ですぐに懲戒解雇だとかなんとかいうのは間違っている。そもそも橋下はもともと弁護士だったくせにバランスのとれた法解釈というのがまったくできていない。弁護士時代から、橋下にとって法は自分の利益を最大化するための方便にすぎず、正常な法解釈などまったく念頭になかったのであろう。
2012年5月18日金曜日
日本の良いもの(トイレと浴室の分離)
最近日本企業も日本経済も元気がない。AV関係メーカなどは総崩れである。ところで、日本のもので、欧米などのものとは異なっていて、かつすぐれたものはなにかないかと考えたのだが、ふと思いついたことがある。その一つは、トイレと風呂の分離であり、また風呂の風呂桶と洗い場の分離である。トイレと風呂や洗面は分離した方が便利だし衛生面でもプライバシー面でも圧倒的に優れている。風呂桶と洗い場の分離も利便性、お湯の経済性、衛生面で優れている。このようなものや考え方こそを輸出したらよいのではないだろうか。欧米人でも分離式にいったん慣れたらおそらくその良さが理解でき、もとの一体型には戻れないのではないか。それにつけても、日本のホテルは間違っている。なぜ、欧米の悪いところをまねして一体型にするのだろうか。欧米のやることは悪いところもまねてしまう日本人の悲しい性なのか。まず、日本のホテルがまず分離式に改めることにより、訪日した外国人に日本の分離式をアピールすべきであろう。なお、今回の書き込みは、ちょっとあたりまえすぎてつまらなかったかも。
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