2011年7月2日土曜日

気骨あるジャーナリストはいるのか?

前にも書いたが、管政権はあいかわらずやめろやめろの大合唱をされてる。また、ここ数日は、ソフトバンクの孫社長がマスコミでたたかれている。それは、孫がメガソーラー計画をぶち上げたからである。原発から自然エネルギーの利用に移行するのは至極まっとうな考え方なのになぜたたかれるのか。おそらく、背後に原発を推進する電力業界と関連企業、ならびに直近では安い電力が利益となる企業群の巨大利権、さらにはやはり原発を推進しているアメリカの圧力があると考えるべきだろう。管は原発から距離を取る姿勢であり、孫は脱原発をとなえていることから、この巨大利権を背後に持つ連中が、自民党、公明党、民主党のかなりの部分に手を回し、さらにマスコミをコントロールしているとみるのが一番合理的な考えだろう。それにしてもマスコミはなさけない。この利権と圧力の実態を解明し、市民に正しく伝えることこそがジャーナリストの役割である。能力と勇気あるジャーナリストは日本には一人もいないのだろうか。情けない限りである。

2011年6月24日金曜日

映画 実録・連合赤軍 あさま山荘への道程



若松孝二監督 坂井真紀 ARATA 並木愛枝 出演



これは、連合赤軍があさま山荘立てこもり事件を起こすまでの道程をおおむね事実に忠実に描いた作品である。この映画の白眉はなんといっても、立てこもり事件を起こす前の山での軍事訓練合宿における、すさまじいリンチの描写である。仲間が仲間に対してごく些細な理由で総括(反省)しろとせまり、総括がなっていないという理由で、次々なぶり殺しにしてしまう。この映画では永田洋子(並木)がこわい。これをみておもったのは、これは究極のいじめの形態だということだ。集団が数の力で弱い立場のものを圧殺し、権力者をおそれるものはそれに従うしかない。日本の文化構造は結局小学校から会社、軍隊、左翼にまでつながっているということか。万人には薦められないが、映画の出来としてはとてもよい。



評価 85点

2011年6月16日木曜日

沙羅双樹



映画沙羅双樹 河瀬直美監督 2003年作品 双子の兄弟の一人が子供のころ失踪、残りの弟と同級生の女の子と家族の話である。河瀬独特の雰囲気を持つ映画だが、もうひとつテンポが悪いのと、河瀬にしては心理的な切込みが足りないような感じ。彼女の作品では、これまでのところやはり、萌えの朱雀と火垂の2つが秀逸だ。河瀬監督には萌えの朱雀からずっと注目しているのだが、これからの新境地に期待したい。主観的点数 70点

2011年6月3日金曜日

高樹澪の復帰

先日新聞で、高樹澪という以前はけっこうきれい系の女優さんの記事を目にした。それによると、彼女は8年位前に顔面が痙攣する病気になり女優をやめ、その間、ビルのトイレの清掃のバイトなどを転々としていたそうだ。そのときは女優であることがばれることよりも、顔面の痙攣をしられるのがいやで、あまり人とあわないようなバイトをしていたそうである。正直あの高樹澪がそんなバイトをしていたとはおどろきだし、なぜそうなったのか不思議な気もする。近頃芸能活動を再開したそうだが、人の人生などわからんものだなあと思った次第です。

2011年6月1日水曜日

管内閣の震災対応

管内閣はとにかく人気がない。野党からも攻撃され、身内の与党からも足を引っ張られ、世論の支持も極めて低い。どうしてなのだろうか。報道を客観的に見ている限り、管内閣の震災・原発対応は、特によくもないだろうが、おそらく平均的なレベルのことはやっているように思われる。不人気の原因の一つは、原発事故の収束がなされていないことであるが、地震と津波の発生から数時間以内にベント・注水を実行しなければ、結局今のメルトダウンや水素爆発などの事態は防げなかったようである。そうだとすると、内閣にそのような素早い判断と実行が現実的に可能であったかどうかが検証されなければならない。できたというのであれば内閣の責任は重大であり、実際には不可能だったというのであれば、責任は結局、甘い想定をしていたこれまでの原子力行政・電力会社・原子力専門家の責任だということになる。そして、それは批判ばかりして自らの責任を全く考慮しない、これまで長年政権を維持してきた自民党の責任でもある。別に管内閣の肩を持つ気もないのだが、真の責任の所在が今後検証され、市民の前に明確に提示されることを望みたい。

ブログ再開

みなさんお久しぶりです。オロチの代理人が日本に帰国したため、長いこと更新していませんでした。といってもこのブログ実際にはほとんど読まれていないようなのでだれも気にしていなかったと思います。これからまたちょっとは更新していきたいと思います。